働きやすい空間づくりには、さまざまな要素が絡んでいますが、音はとても大きな要素のひとつ。
空間の環境音をきちんとデザインすることで、作業やコミュニケーションがスムーズになる環境をつくることができます。
今回は、ソラソレ堂が手がけた環境音デザイン・インストールの様子と、インストール後の効果検証をご紹介します。

クライアント紹介

フミ子印

福岡県宗像市でゆず胡椒やジャムの製造・加工を行なっている食品ブランド。
ソラソレ堂は、製造のメインである加工場および充填室、働く人の休憩室、地域の人との接点でもある軒先の3ヶ所の環境音のデザインとインストールをご依頼いただきました。
食品加工場の室内ということで、一般的なオフィス空間とは異なる特殊な環境が予想されます。

フミ子印様からの依頼内容は下記のとおり。

  • 快適に作業できる、疲れを軽減した職場にしたい
  • 冷凍庫・冷蔵庫など機械から鳴る音が気になる
  • 味を追求する場として,感覚を研ぎ澄ますことができる環境にしたい
  • 広い軒先を活用し、BGMなどでお客様に良い印象を与えたい

デザインの経緯

STEP1 働く人が求めている音環境を探る

働く空間の主役は、働く人。働く人たちが一日の大半をその空間で過ごす環境を把握することが音環境デザインの第一歩です。
そこではじめに、フミ子印加工場の音響特性の調査と働いている人へのヒアリングを行いました。

「フミ子印」加工場。普段は4~5人、繁忙期は8~10人が働いている
「フミ子印」加工場。普段は4~5人、繁忙期は8~10人が働いている

– 音響特性の調査

音響特性の調査では、空間にどのような音が存在し、どのぐらいの大きさで鳴っているかを調べます。時間帯や作業内容によって大きく状況が変わることもあるため、最低でも1日は音をモニタリングして音環境を分析します。

加工場内に存在する音の分布イメージ
【計測結果】

– 騒音レベルと残響時間

加工場の騒音レベルの計測結果は、10分間のLAeq(※)が約61 dB ~66 dB。これは、スーパーマーケット店内と同程度の騒音レベルです。静かなオフィスでは50dB程度。
残響時間(音が止まってから60dB減衰するまでの時間の長さ)は約1.0秒 (500Hz~4000Hz)。人の声が聴き取りやすいのは1秒以下と言われ、若干長いですが、作業者による吸音効果を加味すると基本的には作業中のコミュニケーションを行うのに問題のない空間であることがわかりました。

ただし、計測結果はあくまでも指標の一つ。騒音レベルでは問題がなくても、実際には機械音などから受ける圧迫感やストレスがあることも考えられます。
※ 等価騒音レベル。一定時間の平均的な騒音の程度を表す。

– 周波数分布の時間軸特性

加工室に存在している音とその音域を表したスペクトログラム。冷凍倉庫の動作音は低音域に、会話音は中音域にある
加工室に存在している音とその音域を表したスペクトログラム。冷凍倉庫の動作音は低音域に、会話音は中音域にある

【ヒアリング結果】

つづいて、働いている人に加工室内の音についてヒアリングを行いました。
ヒアリングで判明した課題は大きく3つ。

  1. 静かな空間だが、だからこそ冷凍庫・冷蔵庫などの機械音が気になる
  2. 作業者の数が多い、または作業の音が大きいと人の声が聞き取りづらい
  3. 大きな作業音がしたり会話が多くなってくると作業に集中ができなくなる

STEP2 環境音デザインの方針と制作手法

1. 課題解決のための目標設定=音によるストレス軽減

  • 安らぎを感じさせる音を取り入れる
  • 不快な音が気にならない音環境にする

環境音を聴かせることで聴覚のフォーカスを変え、加工室内の運転音、物音など不快な音が気にならない環境をつくることを目指します。

2. コンセプトは『地域を想わせ、人を想う』

– フィールドレコーディング音源によって愛着を創出

クライアントの「フミ子印」は、福岡県宗像市で母・フミ子さんが家族のために作り続けていた自慢のゆず胡椒を息子さんが受け継いで立ち上げたブランド。加工場で働く人のほとんどは、加工場の近くに住んでいるという特性があります。

折しもフミ子印では宗像の人々から親しまれる新立山の麓に、柚子農園をつくっている真っ最中。
こうした情報から決定したコンセプトは、『地域を想わせ、人を想う』。今回は、「フミ子印」の柚子農園予定地である新立山付近・立山麓で三度にわたってレコーディングを行い、森の音や鳥のさえずりを録音しました。

地域に根ざした、“柚子が聴く”音を取り入れることで地域を想わせ、愛着が生まれる環境音を目指しました。

▲フィールドレコーディングされた音源を試聴する

– 人々をやさしく包み込む楽器音

働く人が作業音を聞き逃さないように、作業音に多い金属系の冷たい印象の音と対比して、木の温もりを想起させる音色、安心感を得られるような音色を加え人々をやさしく包み込むような人を想う音づくりを心がけます。

– 音の「余白」をコントロールする音作り

どのような音を鳴らすか、と同じぐらい重要なのは、実は音を鳴らさない時をつくり音に「余白」をつくること。
無音時に生じる音のすき間を埋めながらも、作業指示の聴き取りやコミュニケーションを妨げないように、
人の声の周波数と被らない音域の音、かつ減衰の速い音(短い音)で環境音を構成しました。

こうすることで人の聴覚的な居住空間が広がり閉塞感・圧迫感のない音環境が期待できます。

– 4chマルチスピーカーによる立体音像

部屋全体を包み込むような立体的な音像にすることで広がりと余裕のある音空間が期待できます。

– 一日の流れにも変化をつくる

さらに午前中、昼、夕方の3つの時間帯で音源に変化を加え、一日の作業にメリハリをつけました。
朝:自然の音を中心に、心地よい森の反響を聞かせる落ち着いた音。作業の始まりを清々しく感じさせたい
昼:朝より賑やかで元気な曲調の音
夕方:昼より穏やかな音。疲労感を軽減させたい。

録音した音を基にデザインした環境音がこちら。

▲完成した環境音(午前中)

▲完成した環境音(午後)

▲完成した環境音(夕方)


STEP3 音響システムへの落とし込み、機材選定、運用方法

加工作業に集中できるよう、環境音はすべて自動制御します。
今回は多彩なオートメーションが可能かつ導入コストの低いiPadを2台導入しました。


STEP4 音のインストールと音響チューニング

環境音を制作したら、実際に加工場に機材を設置し、音量や響き方を調整します。今回使用した機材は、板を振動させて音を発する「振動スピーカー」。
天井裏から天井ボードに設置することで、どこからともなく音が聞こえるような自然な音の響きを生み出しました。
加工場は食品を扱っているので、内壁に凹凸面を作らない、スピーカーグリルのような網状のものを置かない、洗浄ができるようにするなどHACCP(※)の基準を満たす設置方法にする必要があります。天井裏の設置であれば問題なくクリアできるのも決め手となりました。

また、フィールドレコーディングで録音した「自然音」と「楽器音」のスピーカーをそれぞれ2台ずつ対角線上に配置することで、音に優しく包まれるような立体感を創出。実際に、スタッフが現場で音を聴きながら、環境音の音量や広がりを調整し、働く人にとって心地良く聴こえるように調整しました。
※…厚生労働省が定めた、食品の製造工程を管理し、安全性を確保するための衛生管理の手法

 

2組のステレオLRをそれぞれ対角線上に配置した4chサラウンドのスピーカーレイアウトを構成し、 フィールドレコーディングした鳥の音、自然音、楽器音を振り分けることで音に優しく包まれるような自然な立体感を創出
2組のステレオLRをそれぞれ対角線上に配置した4chサラウンドのスピーカーレイアウトを構成し、
フィールドレコーディングした鳥の音、自然音、楽器音を振り分けることで音に優しく包まれるような自然な立体感を創出
Cap)スピーカーを管理する機材や音源を流すiPadは、休憩室に置いている。音源の再生/停止は、iPadのオートメーション機能を利用し、決まった時刻に自動で行われるように設定
スピーカーを管理する機材や音源を流すiPadは、休憩室に置いている。音源の再生/停止は、iPadのオートメーション機能を利用し、決まった時刻に自動で行われるように設定

– 働く人が手間をかけずに再生できる

休憩室は、加工室から聞こえる機械音や休憩中に触っているスマートフォンの音が目立たないように、CDラジカセからくつろげるBGMを流して小さな物音への意識を遠ざける環境音デザインを行ないました。

軒先は加工室内の環境音をパラ出力してスピーカーから流し、加工場の前を通りかかった人や立ち寄る人に良い印象を与えるようにサウンドブランディング
軒先は加工室内の環境音をパラ出力してスピーカーから流し、加工場の前を通りかかった人や立ち寄る人に良い印象を与えるようにサウンドブランディング。 加工場前の通りでお祭りがあるときはそれに合わせた音楽を流すことも

こうして、加工室、休憩室、軒先と「フミ子印」加工場全体の音環境が整いました。

疲労感や音環境の満足度,会話のしやすさが改善,機械の音に対する不快感も低下。働く人の気持ちはどう変わったのか。働く環境を取り巻く音がガラッと変わった「フミ子印」加工場で働く人々は、変化をどのように感じているのか。

改めてヒアリングを行ったところ、「作業に集中しやすい」「時間が経つのが早く感じる」「機械の音が気にならなくなった」「以前よりも疲れを感じづらくなった」「会話がスムーズになった」といった好意的な声が集まりました。これまで静かだった空間に適度な音が加わったことで、静けさによる緊張感がやわらいだのではないでしょうか。また、聴覚の意識が環境音に向くことで、これまで不快さを感じていた機械の動作音などが気にならなくなったのだと考えられます。

音が働く環境に及ぼす影響がはっきりとわかる結果になりました。

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